中小製造業の多品種少量生産現場における段取り替え改善による廃棄物削減と資源循環事例
多品種少量生産における段取り替えと廃棄物の課題
多くの製造業、特に中小規模の企業においては、顧客ニーズの多様化に対応するため、多品種少量生産へのシフトが進んでいます。これにより、生産計画に基づいた頻繁な段取り替えが日常的に行われています。段取り替えは、設備を次の品種の生産に適した状態に切り替える作業ですが、このプロセスには多くの時間と労力がかかります。さらに、段取り替えの際に発生する試作品や、設定調整中の初期不良品、そして前の生産の残材といった形で、少なからぬ廃棄物が発生する点が課題となっています。
これらの廃棄物は、処理コストの増加を招くだけでなく、貴重な資源の無駄遣いでもあります。サーキュラーエコノミーの観点からは、製品のライフサイクル全体で資源を循環させることを目指しますが、製造工程における資源ロスを削減することは、この考え方の重要な一歩となります。特に、多品種少量生産における段取り替え時の廃棄物は、積もり積もれば無視できない量となり、環境負荷だけでなく、経済的な損失にも直結します。
段取り替え効率化による廃棄物削減の具体的な取り組み事例
ある金属加工を行う中小製造業では、長年、多品種少量生産による頻繁な段取り替えに課題を抱えていました。特に、旋盤やマシニングセンタでの段取り替えに時間がかかり、その間に発生する試作品や不良品が全体の廃棄物量の大きな割合を占めていたのです。
同社が取り組んだのは、単なる生産性向上としての段取り替え効率化だけでなく、「段取り替えに起因する廃棄物をいかに減らすか」という明確な目標を設定した取り組みでした。具体的なステップは以下の通りです。
- 現状分析と可視化: まず、各工程における段取り替えにかかる時間、発生する試作品や不良品の量(重さや個数)、それらの種類(金属端材、切削油が付着したスクラップなど)を詳細に記録し、可視化しました。これにより、どの工程で、どのような原因で、どの程度の廃棄物が発生しているかを特定しました。特に、段取り替え直後の加工では、寸法不良や面粗度不良が多く発生していることが明らかになりました。
- 改善目標の設定: 全体の段取り替え時間を〇%削減するとともに、段取り替えに起因する廃棄物量を〇%削減するという具体的な目標数値を設定しました。
- 段取り替え作業の標準化:
- 内外段取りの分離: 設備停止中にしかできない作業(内段取り)と、設備稼働中でも準備できる作業(外段取り)を明確に分け、外段取りの割合を増やしました。例えば、必要な工具や治具の準備、プログラムの確認などを、前のロットを加工中に完了させました。
- 標準作業手順書の作成: 段取り替えの全工程を写真やイラスト付きで詳細に記述した標準作業手順書を作成し、作業者全員が同じ手順で、迷いなく作業できるようにしました。これにより、個人の経験や勘に頼る部分を減らし、作業時間のバラつきとヒューマンエラーによる初期不良を低減しました。
- 治工具・備品の整理整頓: 段取り替えに必要な治工具や測定器の保管場所を明確にし、探す時間を削減しました。
- 治工具の改善:
- クイックチェンジシステムの導入: チャックやバイス、バイトホルダーなどにクイックチェンジシステム(例: クイックジョー交換システム、モジュラー式ツールホルダー)を導入し、工具やワークの固定・交換時間を大幅に短縮しました。これにより、位置決め調整の繰り返しを減らし、試作品の削減につながりました。
- 治工具の共通化・汎用化: 可能な範囲で、複数の製品に対応できる共通の治工具を設計・製作しました。これにより、治工具交換の頻度や種類を減らし、段取り替え時間の短縮と、治工具製作に伴う資源消費の削減にも貢献しました。
- 試し削り・調整工程の見直し:
- パラメータ管理の徹底: 加工条件(回転数、送り速度、切込み量など)や補正値のデータベース化と管理を徹底しました。これにより、製品や材料に応じた最適な初期設定値を迅速に特定できるようになり、試し削りの回数や発生する端材量を最小限に抑えました。
- 高精度測定器の活用: 段取り替え後の最初の一個や数個を高精度な3次元測定器などで迅速に測定・評価することで、早期に問題を発見し、不良品の大量発生を防ぎました。
導入プロセスでの課題と解決策
このような段取り替え改善の取り組みは、一筋縄ではいきませんでした。主な課題とそれに対する解決策は以下の通りです。
- 現場の抵抗: 長年の慣れたやり方を変えることへの抵抗がありました。「なぜ今さら変える必要があるのか」「新しいやり方はかえって時間がかかるのではないか」といった声です。
- 解決策: 経営層や管理職が率先して目的(単なる効率化だけでなく廃棄物削減=資源循環)を丁寧に説明し、現場の意見や懸念を十分に聞き取りました。改善活動を現場主導で行う体制を整え、小さな成功事例を共有することで、徐々に理解と協力を得るように努めました。
- 初期投資: クイックチェンジシステムや高精度測定器の導入には、ある程度の初期投資が必要でした。
- 解決策: 削減できる段取り替え時間による生産量増加効果、廃棄物処理費用の削減、原材料ロスの削減といった経済的メリットを定量的に算出し、投資対効果(ROI)を示すことで、経営判断を仰ぎました。補助金制度なども積極的に活用しました。
- 効果測定の難しさ: 改善効果を正確に測定し、継続的な改善につなげることが難しい局面もありました。特に廃棄物量の削減は、他の要因による変動もあり、段取り替え改善単独の効果を見極めるのが困難でした。
- 解決策: 段取り替え作業ごとに発生した試作品・不良品の重量や数を記録するフォーマットを整備し、地道なデータ収集を行いました。また、削減目標を工程や製品群ごとに細分化し、達成度を定期的にレビューする仕組みを構築しました。
導入効果(成果)
これらの取り組みの結果、同社は以下のような成果を達成しました。
- 段取り替え時間の短縮: 平均で約30%の段取り替え時間削減を達成しました。これにより、設備の稼働率が向上し、生産能力が増加しました。
- 廃棄物排出量の削減: 段取り替えに起因する試作品や初期不良品の発生量が減少し、金属端材や切削油を含むスクラップの排出量が月間約1.5トン削減されました。これは、年間約18トンの資源ロス削減に相当します。
- コスト削減: 廃棄物処理費用が年間数十万円削減されたほか、原材料ロスの削減により材料費も抑制されました。また、生産効率向上による残業代削減といった間接的なコスト削減効果もありました。
- 品質の安定化: 標準化された手順とパラメータ管理により、段取り替え直後の製品の品質が安定し、後工程での手直しや不良品の発生も減少しました。
- 現場の意識向上: 改善活動を通じて、現場作業員が自らの作業と廃棄物の関連性を意識するようになり、資源を大切にする意識や、さらなる改善提案を行う機運が高まりました。
今後の展望と学ぶべき点
この事例は、単なる生産効率化の取り組みが、サーキュラーエコノミーの重要な一歩である資源ロス削減に直結することを明確に示しています。段取り替え効率化によって削減された廃棄物は、処理コストの削減だけでなく、本来なら新たな製品に生まれ変わるはずだった資源の無駄遣いを防ぐことになります。
今後、同社では削減した廃棄物をさらに高度なリサイクルルートに乗せることや、発生ゼロを目指したさらなる工程改善に取り組む予定です。また、サプライヤーとも連携し、材料供給の段階から端材を減らす工夫や、発生した端材の最適な回収・リサイクル方法について検討を進めています。
他の中小製造業がこの事例から学ぶべき点は、以下の通りです。
- 現場の課題をサーキュラーエコノミーの視点で見直す: 日常的な生産活動の中で発生する「無駄」や「ロス」は、単なるコスト問題だけでなく、資源循環の観点からも改善の余地があるポイントです。段取り替え時の廃棄物のような、一見小さな課題も、積み重ねることで大きな成果につながります。
- 具体的な数値目標の設定と可視化: 漠然とした目標ではなく、「何を」「どのくらい」減らすかという具体的な数値目標を設定し、現状を可視化することが、改善活動を推進する上で重要です。
- 現場主導の改善活動: 改善は現場で働く人々の協力なくして成功しません。目的を共有し、現場の知恵を引き出し、小さな成功を積み重ねるプロセスが鍵となります。
- 技術導入とプロセス改善の組み合わせ: クイックチェンジシステムのような技術導入だけでなく、標準化やパラメータ管理といったプロセス改善を組み合わせることで、相乗効果が生まれます。
まとめ
多品種少量生産を行う中小製造業における段取り替え効率化は、生産性向上やコスト削減といった直接的なメリットに加え、段取り替えに起因する廃棄物を大幅に削減し、資源循環を推進する上で非常に有効な取り組みです。
本事例のように、自社の製造工程における課題(この場合は段取り替え)を深く掘り下げ、廃棄物削減という明確な目標を持って改善に取り組むことで、経済的なメリットと環境負荷低減を両立させることが可能です。サーキュラーエコノミーへの移行は、壮大な目標のように見えるかもしれませんが、このように現場の日常的な課題解決から着実に進めることができるのです。
自社の製造現場で発生する廃棄物やロスに目を向け、段取り替えや他の工程における改善の可能性を探ってみることから始めてみてはいかがでしょうか。それが、持続可能なものづくりへの確かな一歩となるはずです。