切削油を見直す:中小製造業のコスト削減と環境負荷低減への一歩
はじめに:金属加工と切削油の切っても切れない関係、そして課題
金属加工を行う多くの製造現場において、切削油は欠かせない要素です。工具の寿命延長、加工精度向上、そして冷却や切りくずの排出促進など、その役割は多岐にわたります。一方で、切削油の管理にはコスト、廃棄物処理、そして現場の運用といった様々な課題が伴います。
特に中小製造業においては、限られたリソースの中で、いかに切削油の性能を維持しつつ、コストを抑え、環境負荷を低減していくかが重要な経営課題の一つとなっています。新しい切削油の購入費用、使用済み切削油の処理費用、そして管理に要する人件費や設備のメンテナンス費用は、利益を圧迫する要因となり得ます。
こうした課題に対し、サーキュラーエコノミーの考え方を取り入れた「切削油の資源循環」というアプローチが有効な解決策となり得ます。単に新しい油に交換するのではなく、現在使用している油をいかに長く、効率的に使用し、そして最終的に適正に処理・再生するかという視点です。本記事では、中小製造業が切削油の管理を最適化し、コスト削減と環境負荷低減を実現した具体的な取り組み事例をご紹介します。
具体的な取り組み事例:切削油の「寿命延長」と「再生」を目指す
ある中小金属部品製造業では、切削加工において発生する廃油やスラッジ(切りくずと油が混ざったもの)の量が経営課題となっていました。頻繁な切削油の交換はコストがかさむだけでなく、廃油処理の手間や費用、そして環境負荷も無視できない状況でした。そこで、同社では切削油のライフサイクル全体を見直し、サーキュラーエコノミーの考え方に基づいた以下の取り組みを開始しました。
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切削油の選定と適正な濃度管理の徹底 まず、加工内容に適した高品質な切削油を選定しました。そして、最も基本的でありながら重要なのが「濃度管理」です。水溶性切削油の場合、濃度が適切でないと性能が十分に発揮されず、油の劣化や腐敗が早まります。現場担当者が定期的に濃度計を用いて測定し、基準値から外れていないか確認するルールを徹底しました。これにより、不要な油の補充や交換頻度を減らすことができました。
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ろ過・分離装置の導入による異物除去 切削油の劣化の大きな原因の一つは、加工中に混入する切りくずや微細な研磨粉、そして浮上油(潤滑油などが混ざったもの)といった異物です。これらを除去するために、比較的導入コストが抑えられる簡易的なろ過装置や、油水分離装置を主要な加工機に設置しました。これにより、油中の不純物が減少し、油の性能維持と寿命延長に大きく寄与しました。
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現場での日常的な管理と清掃の習慣化 設備の担当者が加工後にベッドやタンク周辺を清掃し、切りくずやスラッジをできるだけ早く除去する習慣をつけました。また、タンク内の油の状態を日常的にチェックし、異常(異臭、変色など)があれば早期に担当者に報告する体制を構築しました。こうした現場レベルでの地道な活動が、油の健全な状態を保つ上で極めて重要でした。
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使用済み切削油の適切な処理・リサイクルルートの構築 最終的に使用できなくなった切削油や、ろ過・分離で発生したスラッジについては、産業廃棄物処理業者と連携し、可能な限りリサイクルや熱回収が行えるルートを選定しました。これにより、単なる廃棄量を減らすだけでなく、資源として循環させる意識を高めました。
導入プロセスでの課題と解決策
これらの取り組みを進める上で、いくつかの課題に直面しました。
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課題1:初期投資への懸念 ろ過装置や油水分離装置といった設備の導入には、一定の初期投資が必要です。中小企業にとって、これは大きな負担に感じられることがあります。
- 解決策: まずは比較的安価で導入しやすい簡易的な装置から導入し、効果を確認しながら段階的に投資を進めました。また、地方自治体や国の省エネ・環境関連の助成金制度がないか情報収集を行い、活用を検討しました。
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課題2:現場担当者の意識改革と新しい運用ルールの定着 長年の慣習を変え、日常的な濃度管理や清掃を徹底することに、現場からの抵抗や戸惑いが見られました。
- 解決策: 切削油管理の最適化が、単なる環境対策だけでなく、自分たちの作業環境改善(油の異臭の低減など)や、設備の安定稼働、ひいては会社のコスト削減につながることを丁寧に説明し、理解を求めました。また、取り組みによる具体的な成果(廃油缶の数が減ったなど)を現場にフィードバックし、モチベーション維持に努めました。担当者向けの簡単なマニュアルを作成し、誰でも同じ手順で作業できるよう標準化を図りました。
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課題3:効果の定量化と経営層への報告 取り組みの成果を具体的に示すデータを取得し、経営層に報告することの難しさがありました。
- 解決策: 切削油の購入量、廃油処理量、そして油の交換頻度といったデータを記録し、取り組み開始前と比較しました。設備のメンテナンス記録や、工具の交換頻度データも参考情報として収集しました。これにより、「切削油購入費用が〇〇%削減された」「廃油排出量が〇〇%減少した」といった具体的な数値で成果を示すことが可能となりました。
導入効果:コスト削減と環境負荷低減、そして現場の変化
これらの取り組みの結果、同社では以下のような成果が得られました。
- 切削油購入費の約30%削減 切削油の寿命が延びたことで、購入頻度が大幅に減少し、年間数十万円のコスト削減につながりました。(数値は例であり、実際の削減率は加工内容や規模により異なります)
- 廃油処理コストの約40%削減 廃油排出量が減少したことで、処理にかかる費用も比例して削減されました。
- 産業廃棄物(廃油・スラッジ)排出量の削減 環境負荷の低減に直接貢献しました。
- 加工品質の安定と工具寿命の延長 油の状態が良好に保たれることで、加工精度が安定し、工具の交換頻度も減少しました。
- 作業環境の改善 油の劣化による異臭が減少し、現場の作業環境が向上しました。
- 従業員の環境意識向上 日々の管理活動を通じて、資源を大切にする意識が現場全体に広まりました。
これらの成果は、単なるコスト削減に留まらず、生産性向上や従業員のモチベーション向上といった波及効果も生み出しました。
今後の展望と学ぶべき点
同社では今後、他の加工ラインへの展開や、切削油メーカーと連携したさらなる管理技術の高度化を目指しています。また、使用済み切削油を再生油として再利用する、より高度なリサイクルスキームの構築も視野に入れています。
この事例から学ぶべき点は、サーキュラーエコノミーへの取り組みは、大規模な投資や最先端技術だけで実現されるものではないということです。既存のプロセスや設備の改善、そして何よりも現場での地道な管理と従業員の意識改革が、コスト削減や環境負荷低減といった具体的な成果につながる重要な要素となります。
まとめ
中小製造業における切削油の管理最適化は、サーキュラーエコノミーを実践するための有効な手段の一つです。適切な切削油の選定、濃度管理、異物除去のためのろ過・分離、そして現場での日常管理の徹底といった基本的な取り組みから始めることで、切削油の寿命を大幅に延長し、購入費用や廃油処理費用といったコストを削減することが可能です。
導入にあたっては、初期投資や現場の慣習といった課題も存在しますが、段階的なアプローチや丁寧な説明、そして具体的な成果の共有によって乗り越えることができます。切削油管理の見直しは、コスト削減と環境負荷低減を同時に実現する、中小製造業にとって現実的で効果的なサーキュラーエコノミーへの一歩と言えるでしょう。自社の製造現場における切削油の管理状況をぜひ一度見直してみてはいかがでしょうか。