設計から始まる資源循環:中小製造業の製造現場が取り組むエコデザイン事例
はじめに:製造現場の課題とエコデザイン
中小製造業の現場責任者の皆様におかれましては、日々の生産活動の中で、製造コストの上昇、廃棄物の増加、古い設備の非効率性といった様々な課題に直面されていることと存じます。これらの課題を解決し、持続可能な経営を目指す上で、「サーキュラーエコノミー」の概念が注目されています。
サーキュラーエコノミーとは、製品や資源の価値を可能な限り長く保ち、廃棄物の発生を最小限に抑える経済システムです。従来の「作って、使って、捨てる」一方通行のリニアエコノミーとは異なり、「資源を循環させる」ことを目指します。
このサーキュラーエコノミーを実現するための重要なアプローチの一つに、「エコデザイン」があります。エコデザインとは、製品の企画・設計段階から、その製品がライフサイクル全体(製造、使用、廃棄、再資源化など)を通じて環境負荷を低減できるように考慮することです。
製造現場の視点から見ると、エコデザインは単なる環境対策に留まりません。設計変更によって、使用する材料の種類や量が削減されれば、材料費や廃棄物処理費の削減に繋がります。組み立てや分解が容易な設計になれば、製造工程の効率化や、修理・リサイクルの可能性向上に繋がります。このように、エコデザインは製造現場のコスト削減や効率改善に直接的に寄与する可能性を秘めているのです。
本稿では、中小製造業が製造現場の視点を取り入れながら、エコデザインに取り組んだ具体的な事例を紹介し、その導入プロセス、課題、そして得られた成果について詳しく解説いたします。
サーキュラーエコノミーにおけるエコデザインと製造現場の連携
サーキュラーエコノミーの実現には、製品のライフサイクル全体に関わる全ての部署や関係者の連携が不可欠です。特に、製品の仕様を決定する設計部門と、実際に製品を製造する製造部門の連携は極めて重要となります。
製造部門は、設計された製品を最も効率的かつ品質高く生産する方法を熟知しています。材料の加工性、組み立てやすさ、必要な設備、発生する副産物など、設計部門だけでは把握しきれない現場の知識と経験を持っています。
エコデザインを推進する際には、この製造現場の知見を設計段階の早期に取り入れることが成功の鍵となります。例えば、リサイクルしやすい材料を選定しても、それが既存設備で加工困難であったり、組み立てに特殊な治具が必要になったりすれば、製造コストが増加し、結果として取り組みが頓挫する可能性もあります。
製造部門が設計レビューに参加し、材料の選択、部品の構造、組み立て・分解の手順について、現場からの視点で積極的に提案を行うことで、環境負荷低減と製造効率向上を両立させる、より実践的なエコデザインが可能となります。
中小製造業におけるエコデザイン導入事例
ここでは、具体的な中小製造業におけるエコデザインの取り組み事例をいくつかご紹介します。これらは特定の企業をモデルにした架空の事例ですが、実際の中小製造業で考えられる実践的な取り組みに基づいています。
事例1:部品点数削減による組み立て効率向上と材料・廃棄物削減
- 業種: 産業機器向け筐体製造業
- 課題: 製品の組み立て工程が複雑で時間がかかる。多種類の金属部品を使用しており、端材の種類が多く廃棄物処理が煩雑。
- エコデザインの取り組み:
- 設計部門と製造部門が協力し、製品の分解構造を見直しました。
- 複数の板金部品を一体成型または一体化できる構造に変更することを検討しました。例えば、従来の「L字金具+板材+補強リブ」で構成されていた部分を、折り曲げとプレス加工のみで一体化できる設計に変更しました。
- ネジ止め部品の一部を、嵌合(かんごう)やカシメによる固定に変更できるか検討しました。
- 製造現場での実践:
- 一体化された部品に対応するためのプレス金型や曲げ加工機のプログラムを調整しました。
- 嵌合・カシメによる固定箇所の組み立て手順を新たに標準化し、作業員への研修を実施しました。
- 使用する板材の種類を可能な範囲で共通化し、端材の分別・管理を簡素化しました。
- 導入プロセスでの課題と解決策:
- 課題: 新しい設計に対応するための初期の金型投資や設備改修費用が発生しました。既存の組み立てラインのレイアウト変更や作業手順の慣れに時間がかかりました。
- 解決策: 費用対効果を長期的な視点(組み立て時間短縮、材料費・廃棄物費削減効果)で算出し、経営層の理解を得ました。新しい組み立て手順については、作業員への丁寧な説明とOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を繰り返し行い、現場の習熟度向上を図りました。
- 導入効果(成果):
- 定量的: 部品点数が平均15%削減されました。これにより、組み立て時間が約10%短縮され、生産性が向上しました。使用する金属材料の種類が減り、端材の総量が約5%削減され、廃棄物処理コストが低減しました。
- 定性的: 組み立て工程がシンプルになり、作業員の負担が軽減されました。部品管理の手間も削減されました。廃棄物分別のルールが明確になり、現場での混乱が減少しました。
事例2:リサイクル材活用とリサイクルしやすい材料への変更
- 業種: 自動車部品向け樹脂成形加工業
- 課題: 石油由来のバージン材(新品の材料)の使用量が大部分を占めている。成形不良品やゲート材が産業廃棄物として処理されている。
- エコデザインの取り組み:
- 顧客と連携し、製品の要求性能を満たしつつ、リサイクル材(ポストコンシューマーリサイクル材やポストインダストリアルリサイクル材)を使用できる部分がないか検討しました。
- 複数の異なる種類の樹脂を組み合わせている製品について、可能な範囲で単一の樹脂材料に変更できないか検討しました。
- 不良品やゲート材を破砕して自社内で再利用(クローズドループリサイクル)するための品質基準やプロセスを定義しました。
- 製造現場での実践:
- リサイクル材を使用する際の成形条件(温度、圧力、時間など)を検証し、品質を維持できる最適な条件を見つけ出しました。
- 社内で発生する不良品やゲート材の異物混入を防ぐための分別ルールを徹底し、破砕・保管プロセスを標準化しました。
- 単一材料化された製品に対応するため、成形機の材料供給ラインの調整を行いました。
- 導入プロセスでの課題と解決策:
- 課題: リサイクル材はバージン材に比べて品質が安定しないことがあり、成形不良率が増加するリスクがありました。顧客承認を得るのに時間がかかりました。自社内リサイクルのための設備投資(破砕機、乾燥機など)が必要でした。
- 解決策: 少量のバッチでリサイクル材の試用を重ね、安定した成形条件を見つけるためのデータ収集と分析を綿密に行いました。顧客に対して、リサイクル材使用による環境負荷低減効果と品質保証体制について丁寧に説明し、段階的な導入提案を行いました。初期の設備投資に対しては、廃棄物処理費削減や材料費削減による回収期間を明確に示しました。
- 導入効果(成果):
- 定量的: 特定の製品において、バージン材の使用量を約20%削減し、リサイクル材に置き換えることができました。自社内で発生する不良品・ゲート材の約70%を再資源化し、産業廃棄物としての排出量を大幅に削減しました。
- 定性的: 材料コストの変動リスクを一部軽減できました。環境配慮型の製品として顧客へのアピールが可能になりました。現場作業員の廃棄物に対する意識が向上しました。
事例3:メンテナンス性を考慮したモジュール設計と部品交換
- 業種: 産業用小型ポンプ製造業
- 課題: ポンプが故障した場合、全体交換となることが多く、顧客のコスト負担が大きい。特定の消耗部品のみを交換してポンプ全体を延命させる仕組みがない。
- エコデザインの取り組み:
- 製品の故障原因を分析し、摩耗しやすい部品や劣化しやすい部品(例:シール材、ベアリング、インペラの一部など)を特定しました。
- これらの消耗部品を、ポンプ本体から容易に取り外し・交換可能なモジュール構造に変更する設計を検討しました。
- 交換部品として供給するための部品製造プロセスを確立しました。
- 製造現場での実践:
- モジュール構造化された部品の組み立て・分解手順を設計部門と連携して確立しました。特殊な工具を不要とする設計を目指しました。
- 交換用部品として供給する部品の耐久性・互換性を保証するための品質検査基準を強化しました。
- メンテナンスマニュアルや交換手順ビデオを作成し、顧客やサービス担当者が容易に作業できるようにしました。
- 導入プロセスでの課題と解決策:
- 課題: モジュール化設計には、部品間の接続構造などを工夫する必要があり、設計難易度が高くなりました。交換部品を製造・在庫するためのコストが発生しました。
- 解決策: 設計段階でプロトタイプを繰り返し作成し、製造部門・サービス部門の意見を取り入れながら試行錯誤しました。交換部品の需要予測に基づいた適切な在庫管理システムを導入しました。顧客に対して、全体交換と比較した際のコスト削減メリットを具体的に提示しました。
- 導入効果(成果):
- 定量的: 特定の故障について、ポンプ全体交換ではなく部品交換で対応できるケースが約40%に増加しました。これにより、顧客のメンテナンスコストを平均30%削減できました。
- 定性的: 製品の長期使用が可能となり、顧客満足度が向上しました。交換部品の需要増加は、新たな売上機会にも繋がりました。製造現場では、品質要求の厳しい交換部品の生産を通じて、技術力向上に繋がりました。
導入における課題と乗り越え方
エコデザインの導入は、設計部門だけの取り組みではなく、製造部門を含む社内全体、さらにはサプライヤーや顧客との連携が不可欠です。そこにはいくつかの課題が存在します。
- 部門間の壁: 設計部門と製造部門、あるいは営業部門との連携が不十分な場合、現場の実情に合わない設計になったり、顧客ニーズが反映されなかったりします。定期的な合同会議やワークショップを実施し、情報共有と相互理解を深めることが重要です。
- 初期投資とコスト: エコデザインのための設計変更や、新しい材料、設備の導入には初期投資が必要になる場合があります。しかし、長期的な視点で見ると、材料費や廃棄物処理費、エネルギー費の削減、製品寿命の延長による顧客満足度向上など、様々なメリットが期待できます。導入前に明確な費用対効果を算出し、段階的な導入計画を立てることが有効です。
- 技術的なハードル: 新しい材料の加工や、複雑な部品の一体成型など、既存の技術や設備では対応できない場合があります。外部の専門家や研究機関と連携したり、必要に応じて設備投資や技術研修を検討する必要があります。
- サプライヤーとの連携: エコデザインはサプライヤーから供給される材料や部品にも影響を与えます。早い段階でサプライヤーと情報共有し、共同でエコデザインに対応できる材料や部品を開発する姿勢が求められます。
- 現場の意識改革: 新しい材料、新しい製造プロセス、新しい組み立て手順など、現場の作業にとっては変化を伴います。エコデザインの目的やメリットを丁寧に説明し、作業員の理解と協力を得ることが不可欠です。社内勉強会や成功事例の共有などが有効です。
これらの課題を乗り越えるためには、経営層の強いコミットメントのもと、部署横断的なプロジェクトチームを立ち上げ、現場の意見を尊重しながら、小さな成功体験を積み重ねていくことが有効です。
導入効果(成果)と今後の展望
エコデザインの導入は、単なる環境対策ではなく、中小製造業にとって以下のような多岐にわたる効果をもたらす可能性があります。
- コスト削減: 材料費削減、廃棄物処理費削減、エネルギー費削減、物流コスト削減(軽量化など)。
- 効率改善: 組み立て・分解時間の短縮、製造工程の簡素化、不良率低減。
- リスク低減: 原材料価格変動リスクの低減(リサイクル材活用)、廃棄物規制強化への対応。
- 売上向上: 環境配慮型製品としてのブランディング、新たなサービス提供(修理・メンテナンス事業など)、顧客満足度向上。
- 従業員のモチベーション向上: 環境負荷低減への貢献実感、新しい技術や知識の習得。
今後は、エコデザインの取り組みを単一製品に留めず、製品ラインアップ全体に拡大していくこと、そしてサプライチェーン全体での資源循環を目指し、サプライヤーや顧客との連携をさらに強化していくことが重要な展望となります。また、IoTやAIといったデジタル技術を活用し、製品の使用状況データからメンテナンス時期を予測したり、リサイクルプロセスの効率化を図ったりすることも、サーキュラーエコノミーを加速させる可能性を秘めています。
まとめ
本稿では、中小製造業が製造現場の視点を取り入れながらエコデザインに取り組むことの重要性と、具体的な事例、そして導入における課題とその解決策について解説しました。エコデザインは、製品の設計段階から資源循環と環境負荷低減を考慮することで、製造現場のコスト削減や効率向上に直結する実践的なアプローチです。
もちろん、一朝一夕に全てを変えることは難しいかもしれません。しかし、自社で製造している製品を改めて見直し、「部品点数を減らせないか?」「リサイクルしやすい材料に変えられないか?」「分解・修理しやすい構造にできないか?」といった視点で小さな一歩を踏み出すことから始めることが可能です。
ぜひ、貴社の製品や製造プロセスにおいて、エコデザインの視点を取り入れ、持続可能な製造業への転換を図るための一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。