DXで材料・部品のトレーサビリティを強化:中小製造業の不良品削減と資源循環効率化事例
はじめに:なぜ今、中小製造業にトレーサビリティと資源循環が求められるのか
中小製造業の皆様におかれましては、日々の生産活動において、製造コストの削減、不良品の低減、そして廃棄物排出量の削減といった様々な課題に直面されていることと存じます。加えて、近年注目されているサーキュラーエコノミーへの対応は、新たなビジネスチャンスとなり得る一方、どのように取り組めば良いのか迷われることも少なくないでしょう。
特に、材料や部品の「トレーサビリティ(追跡可能性)」は、製造現場の効率化や品質管理の基礎となる要素ですが、複雑なサプライチェーンや多品種少量生産といった中小企業の特性から、その確保が難しい側面があります。しかし、このトレーサビリティこそが、不良品の根本原因特定、使用済み製品からの部品回収・再利用、そして廃棄物の適切な分別・リサイクルといった資源循環の取り組みを効果的に推進するための鍵となります。
本稿では、デジタルトランスフォーメーション(DX)の技術を活用して材料・部品のトレーサビリティを強化し、それを通じて不良品削減や資源循環の効率化を実現している中小製造業の具体的な取り組み事例をご紹介します。抽象的な概念ではなく、現場で「何が」「どのように」行われているのか、そして「どのような成果」が得られているのかに焦点を当て、皆様の今後の取り組みの参考としていただければ幸いです。
DXによるトレーサビリティ強化の具体的な取り組み事例
DXを活用したトレーサビリティ強化の手法は多岐にわたりますが、中小製造業でも導入しやすい具体的な取り組み事例をいくつかご紹介します。
事例1:簡易システムによる材料入荷〜工程投入の追跡
ある精密部品メーカー(従業員数約50名)では、材料のロット管理が手書き伝票やExcelに依存しており、工程内での不良発生時にどのロットの材料が使用されたかを迅速に特定することが困難でした。これが不良原因の特定遅延や、不良ロットに関連する製品の追加調査に時間を要する原因となっていました。
そこで、比較安価なタブレット端末とクラウド型の在庫管理・工程管理ツールを導入しました。材料入荷時にQRコードを印字したラベルを発行し、材料情報(ロット番号、仕入先、入荷日など)と紐付けてシステムに登録します。各工程で材料や半製品が投入される際、作業員はタブレットでQRコードを読み取ることで、どのロットの材料がいつ、どの設備で、誰によって加工されたかの履歴を自動的に記録するようにしました。
この取り組みにより、工程内で不良が発生した場合、即座に該当する半製品や完成品のQRコードを読み取ることで、使用された材料ロットや通過した工程の履歴を迅速に特定できるようになりました。
事例2:IoTセンサーと連携した製造条件の記録
別の金属加工業(従業員数約30名)では、同じ材料ロットを使用しても、特定の時期や設備で不良率が高くなる傾向が見られました。しかし、加工時の温度や圧力といった設備パラメータの記録が手作業や目視に頼っており、品質データとの関連付けが困難でした。
この課題に対し、既存の主要設備に簡易なIoTセンサー(温度、圧力、稼働状況など)を後付けし、Wi-Fi経由でクラウド上のデータベースに自動でデータを送信する仕組みを構築しました。同時に、各加工品の識別コード(バーコードなど)と、その加工を行った際の設備IDおよびセンサーデータを紐付けて記録するシステムを導入しました。
これにより、製品のトレーサビリティ情報だけでなく、製造時の詳細なプロセスデータも紐付けられるようになりました。不良が発生した製品の識別コードを検索すると、使用材料の情報に加え、加工時の温度が適正範囲を超えていた、特定の設備の稼働状況が不安定だった、といった具体的な要因候補がデータから示唆されるようになり、不良原因の特定と対策立案が格段に効率化されました。
事例3:使用済み製品からの部品回収・再利用のための情報活用
ある産業用機器メーカー(従業員数約80名)では、保守サービスの一環として使用済み製品の回収を行っていましたが、回収された製品の状態や構成部品に関する情報が少なく、どの部品が再利用可能か、どのような修理・メンテナンス履歴があるかを手作業で確認する必要があり、再利用・再資源化の効率が低い状況でした。
そこで、製品の製造段階で主要部品に個体識別可能なIDタグ(簡易なNFCタグなど)を付与し、製造情報(製造日、使用材料、構成部品リストなど)と紐付けてデータベースに登録しました。さらに、製品の納入先、メンテナンス履歴、そして回収時の製品状態(写真や簡単な診断結果)もこのIDタグ情報に紐付けて記録する仕組みを構築しました。
製品を回収した際、IDタグを読み取るだけで、その製品の「履歴書」がシステム上に表示されます。これにより、再利用可能な部品の選別が迅速かつ正確に行えるようになり、分解・選別にかかる工数を削減できました。また、回収された部品情報を蓄積することで、将来の製品設計において、より分解・再利用しやすい構造への改善にも役立てています。
導入プロセスにおける課題と解決策
DXによるトレーサビリティ強化は有効な手段ですが、中小製造業が導入する際にはいくつかの現実的な課題が存在します。
- 初期投資と運用コスト: 新しいシステムや機器の導入にはコストがかかります。
- 解決策: 全工程・全製品への一括導入ではなく、特定の重要製品や不良率の高い工程からスモールスタートで導入範囲を限定する。既存のPCやスマートフォン、汎用的なクラウドサービスなどを活用し、初期費用を抑える工夫をする。補助金や助成金制度の活用を検討する。
- 現場のITリテラシーと運用負担: 新しいシステムの操作やデータ入力に現場作業員が抵抗を感じたり、負担が増えたりする可能性があります。
- 解決策: 操作が直感的で分かりやすいシステムを選ぶ。導入前に現場作業員への丁寧な説明会や研修を実施し、システムの導入目的(品質向上、作業効率化など)を共有する。データ入力作業を可能な限り自動化(例:センサーからの自動収集)または簡素化する。現場からのフィードバックを収集し、システムの改善に反映させる。
- 既存システムとの連携: 既に導入している生産管理システムや会計システムとのデータ連携が課題となる場合があります。
- 解決策: システム選定時に連携実績や連携機能の有無を確認する。連携が難しい場合は、CSVファイルなど汎用的な形式でのデータエクスポート・インポートによる連携を検討する。API連携が可能な場合は専門家のサポートも視野に入れる。
- セキュリティとデータ管理: 機密性の高い生産データや顧客データを扱うため、セキュリティ対策が不可欠です。
- 解決策: 信頼できるクラウドサービスやベンダーを選定する。アクセス権限の設定やデータの暗号化など、基本的なセキュリティ対策を講じる。定期的なデータのバックアップを行う。
これらの課題に対し、一足飛びに高機能なシステムを目指すのではなく、自社の現状と目的に合った、無理のない範囲での導入計画を立てることが成功の鍵となります。外部の専門家や支援機関の知見を活用することも有効です。
導入効果(成果)
DXによるトレーサビリティ強化は、サーキュラーエコノミー推進の基盤となるだけでなく、製造業の様々な側面で具体的な成果をもたらします。
- 不良品率の低減: 不良原因の迅速な特定と対策により、製造プロセス全体の不良品発生率が低減します。これにより、廃棄コストや再加工コスト、顧客クレーム対応コストの削減に直接的に貢献します。事例1の企業では不良品率が約15%削減されました。
- 廃棄物削減と再資源化率向上: 製造工程で発生する不良品や端材のロット情報が明確になることで、不純物の混入が少なく、より高品質なリサイクルが可能になります。また、使用済み製品からの部品回収時も、トレーサビリティ情報に基づき再利用可能な部品を効率的に選別できるため、廃棄量を削減し、再資源化率を向上させることができます。事例3の企業では、回収部品からの再利用率が約20%向上しました。
- 生産効率の向上: 不良原因特定や在庫・仕掛品の追跡が容易になることで、問題解決にかかる時間や手戻りが削減され、生産リードタイムの短縮や生産計画の精度向上に繋がります。
- 品質管理と法令遵守の強化: 製品に使用された材料や部品の履歴が明確になることで、品質問題発生時のリコール対応が迅速に行えるなど、品質管理体制が強化されます。また、特定の化学物質の含有情報追跡など、環境規制や製品安全に関する法令遵守にも役立ちます。
- 顧客からの信頼向上: 高い品質管理体制と、責任ある製品ライフサイクルへの取り組みは、顧客からの信頼獲得に繋がります。特に、環境意識の高い顧客やサプライチェーンにおいては、サーキュラーエコノミーへの貢献が取引上の強みとなる可能性もあります。
学ぶべき点と今後の展望
DXによるトレーサビリティ強化は、あくまでサーキュラーエコノミーを推進するための強力な「手段」です。重要なのは、得られたデータをどのように活用し、不良品の発生そのものを抑制したり、資源循環の仕組みを改善したりといった「目的」を達成するかです。
取り組みを成功させるためには、システム導入だけでなく、現場作業員を含む全従業員がトレーサビリティの重要性を理解し、データ入力や活用に積極的に関わることが不可欠です。現場で収集されたデータを分析し、製造プロセスのボトルネック特定や改善点の発見に繋げるデータ駆動型のアプローチが、さらなる効果を引き出す鍵となります。
将来的には、自社内だけでなく、材料供給元や顧客、そしてリサイクル事業者といったサプライチェーン全体でトレーサビリティ情報を共有し、より広範囲な資源循環システムを構築することも展望されます。中小製造業においても、段階的にDXを取り入れ、トレーサビリティを強化していくことは、競争力強化と持続可能な経営の両立に向けた重要な一歩と言えるでしょう。
まとめ
中小製造業におけるDXを活用したトレーサビリティ強化は、単なるIT化に留まらず、製造現場の課題解決、不良品削減、廃棄物削減、そして資源循環の効率化に直結する具体的な取り組みです。初期投資や運用における課題はありますが、スモールスタートや外部リソースの活用、そして現場との密接な連携によって、克服は十分に可能です。
本稿でご紹介した事例のように、自社の状況や目的に合わせて適切な技術とアプローチを選択し、一歩ずつ着実にトレーサビリティの精度を高めていくことが、サーキュラーエコノミー時代のものづくりにおいて、企業の持続的な成長を支える力となるはずです。皆様の現場におけるサーキュラーエコノミー推進の一助となれば幸いです。