現場で活かす古い力:中小製造業の設備・治工具延命・改修によるコスト削減と資源循環
導入:中小製造業における設備投資の課題とサーキュラーエコノミーの視点
中小製造業の皆様にとって、生産設備や治工具への投資は事業継続と競争力維持に不可欠な要素です。しかしながら、新たな設備の導入には多額の初期投資が必要となるほか、納期遅延のリスクや、既存設備の入れ替えに伴う廃棄物処理の課題などが常に存在します。また、古い設備や治工具を使い続ける場合も、性能低下による生産効率の悪化やメンテナンスコストの増加、さらには部品供給停止リスクといった懸念があります。
このような状況下において、サーキュラーエコノミーの考え方を取り入れることは、単に環境負荷を低減するだけでなく、コスト削減や生産性維持といった現実的な課題解決にも繋がります。サーキュラーエコノミーは「廃棄物」という概念をなくし、あらゆるものを資源として循環させる経済システムを目指すものですが、これは必ずしも大規模なリサイクル設備や複雑なサプライチェーンの構築だけを意味するものではありません。既存の資産である製造設備や治工具を「いかに長く、効率的に、価値を維持・向上させて使うか」という視点も、重要なサーキュラーエコノミーの実践と言えます。
本記事では、中小製造業が既にお持ちの設備や治工具を、単なる修理に留まらず、性能維持・向上を目的とした「延命」や「改修(リファービッシュ)」を行うことで、コスト削減や資源循環を実現した具体的な取り組み事例と、その実践におけるポイントについてご紹介します。
具体的な取り組み内容:設備・治工具の延命・改修事例
製造設備や治工具の延命・改修は、様々なレベルで実践が可能です。ここではいくつかの代表的な取り組み事例をご紹介します。
事例1:古い工作機械の制御システム刷新による精度・効率向上
長年使用してきたNC旋盤やフライス盤などの工作機械は、機械本体の精度がある程度維持されていても、古い制御システムがボトルネックとなり、最新の加工方法に対応できなかったり、プログラム作成に手間がかかったりすることがあります。
ある中小企業では、約20年使用したNC旋盤に対し、機械本体はそのままに、制御システム(NC装置)とサーボモーター、配線類を最新のものに交換する改修を実施しました。これにより、最新の制御機能(高精度補間、工具径補正機能の拡充など)が利用可能となり、加工精度が向上したほか、複雑な形状の加工も容易になりました。また、データ通信機能も強化され、上位システムとの連携やリモートでの状態監視も可能となり、稼働率の向上にも繋がりました。
この改修にかかった費用は、同等クラスの新品設備を導入する場合の約40%程度に抑えられ、設備の寿命をさらに10年以上延ばすことが見込まれています。古い設備を廃棄することなく、資源の有効活用とコスト削減、さらには生産性向上を同時に実現した事例と言えます。
事例2:専用治具の高耐久化・汎用化改修
特定の製品や工程に特化した専用治具は、使用頻度が高い部分が摩耗したり破損したりしやすい傾向があります。また、製品仕様の変更に伴い、治具そのものが使用できなくなることもあります。
別の事例では、溶接工程で使用する鋼板製専用治具について、特に摩耗しやすいクランプ部分をより硬度の高い特殊鋼に変更する改修を行いました。これにより、治具の交換頻度が従来の1/3に削減され、治具製作コストと交換作業に伴うダウンタイムが大幅に削減されました。
さらに、製品仕様変更に柔軟に対応するため、治具本体は共通構造とし、製品に合わせた位置決めピンやクランプ部品のみを交換可能なモジュール構造に改修した事例もあります。これにより、新規製品対応時の治具製作期間とコストが削減され、既存治具の本体部分を継続利用できるため、資源の無駄を減らすことができています。
事例3:塗装・洗浄設備の機能追加・省エネ改修
塗装や洗浄に用いる設備は、液体の劣化や蒸発、スラッジ堆積など、継続的な管理が必要です。古い設備の場合、省エネ性能が低く、ランニングコストが高いという課題もあります。
ある企業では、塗装ブースの換気システムにインバーターを導入し、作業状況に応じて換気量を制御できるように改修しました。これにより、消費電力が約30%削減されました。また、洗浄設備のヒーターを高効率タイプに交換し、保温材を追加する改修も行い、エネルギー使用量を削減しました。
これらの改修は、設備の抜本的な交換に比べて導入コストが低く、比較的短期間で投資回収が見込める場合が多いです。エネルギー消費の抑制は、コスト削減だけでなく、使用する電力や燃料といった資源の節約にも直結し、環境負荷低減にも貢献します。
導入プロセスでの課題と解決策
設備や治工具の延命・改修には、いくつかの課題が伴います。
- 技術的な課題:
- 古い設備の仕様や図面が残っていない: 設備メーカーや当時のメンテナンス担当者に問い合わせる、あるいは専門の診断業者に依頼して現状を詳細に把握する必要があります。
- 交換部品が入手困難: 代替可能な汎用部品を探す、あるいは専門業者に部品製作を依頼するといった対応が必要です。
- 改修後の性能保証が不確実: 改修内容について専門業者と十分に協議し、リスクを評価するとともに、改修後のテスト稼働計画を綿密に立てることが重要です。
- コスト的な課題:
- 改修費用が予想以上にかかる可能性がある: 事前の詳細な見積もりと、予期せぬ追加費用が発生した場合の対応計画を立てておくことが望ましいです。
- 新規導入との費用対効果(ROI)比較: 単純な改修費用だけでなく、改修による生産性向上、ランニングコスト削減、廃棄費用回避といったメリットを含めたトータルコストで比較検討する必要があります。
- 現場の意識・運用の課題:
- 「古いものは性能が悪い」という固定観念: 改修によって性能が向上した事例や、安定稼働している実績を示すことで、現場の信頼を得ることが重要です。
- 改修後の運用ルールの変更: 改修後の設備・治工具の正しい取り扱いやメンテナンス方法について、現場作業員への周知徹底と教育が必要です。
これらの課題に対しては、社内の技術者だけでなく、設備メーカー、改修を専門とする業者、部品供給業者など、外部の専門家との連携が非常に有効です。彼らの知見や技術を活用することで、課題解決の糸口が見つかることが多くあります。また、自治体や国の省エネ・省資源関連の補助金制度などを活用することで、コスト的なハードルを下げられる可能性もあります。
導入効果(成果)
設備・治工具の延命・改修によって期待できる効果は多岐にわたります。
定量的な成果
- 設備投資額の削減: 新品購入に比べ、初期投資を大幅に抑えることができます。
- メンテナンスコストの最適化:計画的な改修により、突発的な故障による高額な修理費用やダウンタイムを削減できる場合があります。また、特定の部品を高耐久化することで、交換頻度と部品コストを削減できます。
- 廃棄物排出量の削減: 廃却する設備や治工具の量を減らすことができます。
- 生産効率の向上: 制御システムや駆動系の改修により、タクトタイム短縮や安定稼働に繋がり、生産量が増加する可能性があります。
- エネルギーコストの削減: 省エネ技術の導入により、電気や燃料の使用量を削減できます。
- 不良率の低減: 治工具の精度向上や設備の安定化により、不良品の発生を抑制できることがあります。
定性的な成果
- 技術伝承: 古い設備の構造を理解し、改修に携わることで、社内の技術者が設備に関する深い知識を習得できます。
- 現場の改善意識向上: 自分たちが使う設備や治工具をより良くするための活動に参画することで、現場の改善意識が高まります。
- サプライヤーとの連携強化: 専門業者との協力を通じて、新たな技術情報やソリューションを得る機会が増えます。
- 企業イメージ向上: 資源を大切に活用する姿勢は、顧客や地域社会からの評価に繋がる可能性があります。
今後の展望と学ぶべき点
設備・治工具の延命・改修をサーキュラーエコノミーの重要な取り組みとして継続していくためには、いくつかの視点を持つことが重要です。
まず、設備の現状を正確に把握するための設備診断技術の活用です。振動解析や熱画像診断などを活用することで、故障の予兆を早期に発見し、計画的なメンテナンスや改修に繋げることができます。
次に、将来的な延命・改修を見据えた設備選定の視点です。購入時に、分解・修理・アップグレードが容易なモジュール構造になっているか、長期的な部品供給が見込めるかなどを確認することが望ましいです。
また、設備メーカーや改修を専門とする業者との継続的な連携は不可欠です。彼らは最新の技術や工法、他社の成功事例などの情報を持っており、自社の取り組みをさらに発展させるための valuable なパートナーとなります。
最後に、他社、特に異業種での成功事例からも学びを得る姿勢です。自社の設備や治工具とは種類が異なっても、延命・改修のアプローチや課題克服の方法には共通する点が多くあります。積極的に情報収集を行い、自社に応用できないか検討することが、サーキュラーエコノミーの実践をさらに推進する鍵となります。
まとめ
中小製造業におけるサーキュラーエコノミーの実践は、必ずしも大規模な投資や抜本的なビジネスモデルの転換だけを意味するものではありません。日々の製造活動を支える設備や治工具を大切に使い、必要に応じて性能維持・向上のための改修を行うことも、重要な資源循環の取り組みです。
設備の延命・改修は、新規設備投資の抑制によるコスト削減、廃棄物の削減、そして適切に行われれば生産効率の向上にも繋がります。確かに技術的・コスト的な課題は存在しますが、外部の専門家との連携や情報収集を通じて、多くの場合は克服可能です。
貴社の製造現場にある「古い力」に再び命を吹き込み、コスト削減と資源循環を同時に実現する一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。