油の寿命を延ばし、コストと廃棄物を削減:中小製造業の潤滑油・作動油再生利用事例
はじめに:製造現場における潤滑油・作動油の課題とサーキュラーエコノミー
中小製造業の現場において、潤滑油や作動油は機械設備を円滑に稼働させる上で不可欠な要素です。しかし、これらの油は時間の経過や使用によって劣化し、定期的な交換が必要となります。劣化した油は設備の性能低下や故障の原因となるだけでなく、交換に伴う油の購入コスト、そして使用済み油の処理費用が発生します。さらに、環境負荷低減が求められる現代において、廃油の適切な管理と削減は重要な課題となっています。
ここで注目されるのが、サーキュラーエコノミー(循環経済)の考え方です。従来のリニアエコノミー(一方通行の経済)では、資源を採取し、製品を製造・使用し、最後に廃棄するという流れが一般的でした。これに対し、サーキュラーエコノミーでは、製品や材料をできるだけ長く使用し、廃棄物を最小限に抑え、使用済みのものを新たな資源として循環させることを目指します。
製造現場における潤滑油・作動油の管理も、このサーキュラーエコノミーの視点から見直すことが可能です。単に新しい油に交換して廃油を処理するのではなく、油の寿命を最大限に延ばし、可能であれば再生利用することで、コスト削減、廃棄物削減、そして環境負荷低減を実現することができます。
本稿では、中小製造業が実際に取り組んだ潤滑油・作動油の循環利用に関する具体的な事例を紹介し、その導入プロセス、課題、そして得られた効果について掘り下げます。
中小製造業における潤滑油・作動油の循環利用事例
ここでは、金属プレス加工を主に行う従業員数50名規模の中小製造業A社(仮称)が取り組んだ、作動油を中心とした油の循環利用事例を紹介します。
【導入背景】
A社では、プレス機などの設備に使用される作動油の交換頻度が高く、年間で相当量の作動油を購入し、同時に多額の廃油処理費用を負担していました。また、油の劣化が原因と思われる設備の軽微なトラブルも散見されており、生産効率の低下にも繋がっていました。環境意識の高まりやコスト削減の必要性から、これらの油に関する課題を解決したいと考えていました。
【具体的な取り組み内容】
A社では、以下のステップで油の循環利用に向けた取り組みを進めました。
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現状把握と分析の導入:
- まず、使用中の作動油がどのような状態にあるのかを正確に把握することから始めました。
- 専門の分析機関に依頼し、定期的な油のサンプル分析を開始しました。分析項目には、粘度、酸価、水分量、異物(摩耗粉など)の含有量、添加剤成分などが含まれます。
- この分析結果から、油が実際にどの程度劣化しているのか、交換が必要な状態なのか、あるいは清浄化や添加剤補充で延命可能かが科学的に判断できるようになりました。
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現場での簡易清浄化(ろ過)の実施:
- 分析結果で固形異物の混入が多いと判明した油に対し、現場で比較的容易に導入可能な油圧式フィルターユニットを導入しました。
- 設備から油を抜かずに、フィルターユニットを接続して油を循環させることで、油中のスラッジや金属粉などの固形異物を除去しました。これにより、油圧回路の詰まりや摩耗を抑制し、油の清浄度を維持しました。
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外部の再生処理サービスとの連携:
- 簡易ろ過では除去できない水分や微細な異物、あるいは添加剤の劣化が進んだ油については、外部の専門業者による高度な油再生処理サービスを活用することを検討しました。
- 自社での大規模な再生設備導入はコスト的に難しいため、専門業者に劣化した油を引き取ってもらい、水分除去、精密ろ過、脱ガス、必要に応じた添加剤補充などの処理を経て、JIS規格相当の品質に再生された油を供給してもらう契約を結びました。
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油管理マニュアルの整備と従業員教育:
- 油の定期分析、簡易ろ過の実施タイミング、外部再生サービスの活用基準などを盛り込んだ油管理マニュアルを作成しました。
- 現場のオペレーターや保全担当者に対し、油の劣化が設備に与える影響、油管理の重要性、そして具体的な作業手順に関する教育を実施しました。日常的な点検や油の状態確認の意識向上を図りました。
【導入プロセスでの課題と解決策】
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課題1: 初期投資と費用対効果の見通し: 油分析費用、簡易ろ過装置の導入費用、外部再生サービスの費用など、新たなコストが発生することへの懸念がありました。
- 解決策: 油購入費や廃油処理費用の削減効果、設備の維持費やトラブル減少による生産性向上効果を具体的に試算し、投資回収期間を示すことで経営層の理解を得ました。補助金制度の活用も検討しました。
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課題2: 現場の理解と作業負荷: これまで油交換はルーチン作業でしたが、定期分析やろ過作業などが加わることへの現場からの抵抗や、作業負荷増大への懸念がありました。
- 解決策: 油管理の目的(コスト削減だけでなく設備寿命延長、トラブル減少による自分たちの作業負担軽減)を丁寧に説明し、油の状態が「見える化」されることのメリットを共有しました。作業手順を簡略化し、無理のない範囲で進めることを心がけました。油の専門家を招いた勉強会を実施し、現場担当者の疑問や不安を解消しました。
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課題3: 再生油の品質と信頼性: 再生油の品質が新品油と同等なのか、設備に悪影響はないのかという不安がありました。
- 解決策: 外部再生業者を選定する際、実績があり、JIS規格などに準拠した高品質な再生油を提供できる業者を慎重に選びました。再生油導入後も定期的な分析を継続し、品質が維持されていることを確認しました。また、最初は重要度の低い設備から導入し、徐々に適用範囲を広げることでリスクを抑えました。
導入効果
A社がこれらの取り組みを実施した結果、以下の効果が得られました。
- コスト削減: 作動油の交換頻度が従来の約3分の1に削減されました。これにより、作動油の購入量が減少し、年間約20%の油関連コスト削減を実現しました。廃油処理量も大幅に減り、処理費用も同程度削減されました。
- 廃棄物削減: 廃油の排出量が約70%削減されました。これは環境負荷低減に大きく貢献します。
- 設備稼働率の向上: 油の清浄度維持と劣化抑制により、油圧系のトラブルが減少し、設備の予期せぬ停止が約30%減少しました。これにより、生産計画の遅延リスクが低減し、設備総合効率の向上に繋がりました。
- 油管理体制の強化: 定期的な分析と管理マニュアルの導入により、油の状態が「見える化」され、経験や勘に頼らない科学的な油管理が可能になりました。
- 現場の意識改革: 油が単なる消耗品ではなく、管理すべき「資源」であるという意識が現場担当者の間で芽生え始めました。
今後の展望
A社では、今後さらに高度な油分析技術(例:フェログラフィ分析による摩耗粉の詳細分析)や、より高性能なオンライン油劣化センサーなどの導入も視野に入れています。また、再生油の適用範囲を他の種類の油(例:ギヤ油、潤滑油)にも広げたり、使用済みの油を全く別の用途に転用できないかといった検討も始めています。
まとめ:サーキュラーエコノミーは現場改善から
中小製造業にとって、サーキュラーエコノミーと聞くと大規模なリサイクル施設や複雑なシステムを想像し、自社には関係ないと感じるかもしれません。しかし、本事例のように、日々の製造活動の中で発生する身近な「モノ」である潤滑油や作動油の管理方法を見直すだけでも、コスト削減、廃棄物削減、そして設備効率向上といった具体的な成果を上げることが可能です。
油の寿命を延ばし、無駄をなくす取り組みは、サーキュラーエコノミーの考え方を現場レベルで実践する有力な一歩となります。まずは自社の油の現状を把握することから始め、可能な範囲で清浄化や再生利用を取り入れていくことが、持続可能な製造業への転換に繋がるのではないでしょうか。