製造用水の再利用でコスト削減と環境負荷低減:中小製造業の排水処理効率化事例
はじめに:中小製造業における水資源の課題
製造業において、水は洗浄、冷却、製品の一部、排水処理など、様々な工程で不可欠な資源です。しかし、その使用と処理には水道料金や下水道料金、排水処理コストが発生し、企業の経営コストに影響を与えます。また、厳格化する環境規制への対応や、将来的な水資源のひっ迫リスクも無視できません。
特に中小製造業では、大規模な設備投資や専門知識を持つ人材の確保が難しい場合があり、水の効率的な利用や再利用、高度な排水処理への取り組みが後回しになりがちです。しかし、サーキュラーエコノミーの考え方を取り入れ、製造工程における水の循環利用や排水の有効活用を検討することは、コスト削減、環境負荷低減、そして事業継続性(BCP)の強化につながる重要な経営戦略となり得ます。
本稿では、ある中小製造業がどのように製造用水の再利用と排水処理の効率化に取り組み、具体的な成果を上げたのか、その事例をご紹介します。
導入背景:水道・下水道料金の高騰と環境対策の必要性
今回ご紹介するのは、金属部品の表面処理を行う中小製造業A社の事例です。A社では、部品の洗浄工程で大量の工業用水を使用していました。使用後の洗浄排水は、社内の排水処理設備で有害物質を取り除いた後、下水道へ放流していました。
近年、工業用水および下水道料金の値上げが続き、A社の製造コストにおいて水道・下水道関連費用が無視できない割合を占めるようになっていました。さらに、将来的な排水規制の一層の強化を見据え、環境負荷低減への取り組みが経営課題として認識されていました。
A社の製造部長は、これらの課題を解決するため、単なる排水処理の維持管理だけでなく、抜本的な水使用量削減と排水処理コスト低減、そして環境対策を両立させる方法を模索していました。
具体的な取り組み内容:膜分離技術を用いた洗浄排水の再利用システム導入
A社が導入したのは、精密ろ過(MF)および逆浸透(RO)膜を用いた排水再利用システムです。このシステムは、洗浄工程から排出される排水を高度に処理し、再び洗浄水として利用することを可能にするものです。
従来の排水処理では、主に凝集沈殿や生物処理などで有害物質を除去し、下水道放流基準を満たす水質にするのが一般的でした。これに対し、膜分離システムでは、ミクロレベルの粒子や溶解性物質まで効果的に除去できます。
A社が導入したシステムのプロセスは以下の通りです。
- 前処理: 洗浄排水に含まれる大きなゴミや油分を物理的に除去します(例: ストレーナー、油水分離槽)。
- 精密ろ過(MF膜): 濁度成分や懸濁物質、細菌などを除去し、後段のRO膜への負荷を軽減します。
- 逆浸透(RO膜): 溶解性の塩類や重金属イオン、有機物などを高精度で除去し、超純水に近い水質の処理水を生成します。
- 処理水貯留・再利用: 生成された処理水は貯留タンクに蓄えられ、洗浄工程の補給水として再利用されます。
- 濃縮水処理: RO膜で分離・濃縮された排水は、量が大幅に削減された状態で従来の排水処理設備へ送られるか、専門業者に処理を委託します。
このシステムを導入するにあたり、A社は専門の水処理エンジニアリング会社と協力し、自社の排水水質や必要な処理水量、設置スペースなどを詳細に検討しました。特に、洗浄工程で要求される水質レベルを満たすための膜の種類選定や、システムの安定稼働のための運転条件の最適化が重要でした。
導入プロセスでの課題と解決策
システムの導入プロセスでは、いくつかの課題に直面しました。
- 初期投資コスト: 膜分離システムは、従来の排水処理設備に比べて初期投資が高額になる傾向があります。
- 解決策: 複数の水処理ベンダーから見積もりを取り、費用対効果を比較検討しました。また、国や自治体の省エネルギー・環境対策補助金制度を活用することで、初期投資負担を軽減しました。
- 現場担当者の技術習得: 新しいシステムの操作やメンテナンスには、専門的な知識や技術が必要です。
- 解決策: システム導入時にベンダーによる詳細な操作・メンテナンス研修を実施しました。また、マニュアル整備や定期的なフォローアップを受けることで、現場担当者のスキル向上を図りました。
- 処理水水質の維持管理: 洗浄工程で求められる水質を常に安定して供給することが課題でした。
- 解決策: オンライン水質計(導電率計など)を設置し、リアルタイムで水質を監視する体制を構築しました。異常時にはアラートが発報されるように設定し、迅速な対応を可能にしました。また、定期的な膜の洗浄や交換計画を策定し、性能維持に努めました。
- 濃縮水の処理: RO膜で濃縮された排水は、濃度が高いため適切な処理が必要です。
- 解決策: 濃縮水は、既存の排水処理設備の一部を改修して処理能力を高めるか、専門の産業廃棄物処理業者に委託する形で対応しました。濃縮水の量を最小限に抑えるシステムの設計が重要でした。
導入効果(成果):コスト削減と環境負荷低減の実現
膜分離システム導入後、A社は期待以上の効果を得ることができました。
- 水使用量の削減: 洗浄工程での水使用量を約70%削減することができました。これは、再利用された処理水が新規の工業用水使用量を代替したことによるものです。
- 水道・下水道料金の削減: 水使用量および排水量が大幅に削減された結果、水道料金と下水道料金を合計で年間数百万円削減することができました。ROI(投資対効果)としては、約5年程度で初期投資を回収できる見込みです。
- 排水処理コストの削減: 下水道への放流量が減ったこと、および濃縮水の量が少なく効率的な処理が可能になったことから、排水処理にかかる薬品費や委託費用も削減されました。
- 環境負荷の低減: 水資源の消費量と排水量が減ったことで、環境負荷を大幅に低減できました。これは、企業の社会的責任(CSR)を果たす上でも重要な成果です。
- BCP強化: 水道供給が一時的に停止した場合でも、システム内に貯留された処理水である程度の期間製造を継続できる可能性が高まりました。
これらの定量的な成果に加え、現場担当者の環境意識向上や、企業としての技術力・ブランドイメージ向上といった定性的な効果も得られました。
今後の展望と中小製造業が学ぶべき点
A社では、今回導入したシステムの運用実績を基に、他の洗浄工程や製造プロセスにおける水循環の可能性も検討を進めています。将来的には、工場全体での水循環率を高め、さらなるコスト削減と環境負荷低減を目指しています。
この事例から、中小製造業が水循環に取り組む上で学ぶべき点はいくつかあります。
- 自社の水使用状況と排水水質を正確に把握すること: どの工程でどれだけの水が使われ、どのような排水が出ているのかを分析することが、効果的な対策を講じるための第一歩です。
- 費用対効果を考慮し、自社に合った技術を選定すること: 膜分離以外にも、活性炭吸着、イオン交換、蒸留など様々な水処理技術があります。初期投資、ランニングコスト、処理能力などを比較検討し、最適な技術を選びましょう。
- 外部の専門家の知見を活用すること: 水処理技術は専門性が高いため、水処理エンジニアリング会社やコンサルタントの助けを借りることで、最適なシステム設計や導入計画を立てることができます。
- 段階的な導入も検討すること: 一度に大規模なシステムを導入するのが難しい場合は、特定の工程や排水系統に限定して小規模なシステムから導入し、実績を積んでから段階的に拡大していくことも有効です。
- 補助金制度などの支援策を積極的に活用すること: 国や自治体では、環境対策や省エネルギーに関する様々な補助金制度を設けています。これらの制度を有効活用することで、導入負担を軽減できます。
まとめ
中小製造業における製造用水の再利用や排水処理効率化は、水道・下水道コストや排水処理コストの大幅な削減、環境負荷の低減、そして企業のレジリエンス強化に貢献する、サーキュラーエコノミーの実践的な取り組みです。金属部品表面処理業のA社の事例は、膜分離システムのような先進技術の導入が、中小規模の現場でも具体的な成果をもたらすことを示しています。
初期投資や技術的な課題は存在しますが、事前の綿密な計画、専門家の支援、そして補助金制度の活用によって、これらの課題を乗り越えることが可能です。自社の製造プロセスにおける水の使用を見直し、循環利用の可能性を探ることは、持続可能な経営に向けた重要な一歩となるでしょう。