中小製造業サーキュラーエコノミー導入事例集

製品の長寿命化・アップグレード対応は製造現場をどう変えるか:中小製造業の部品管理と修理体制構築事例

Tags: サーキュラーエコノミー, 中小製造業, 製品長寿命化, 部品管理, 修理

はじめに:製品の長寿命化・アップグレード対応が製造現場にもたらす変化

製造業を取り巻く環境は変化しており、製品を「製造して販売する」だけでなく、使用期間を延ばし、修理やアップグレードを通じて価値を提供し続ける「サーキュラーエコノミー」の考え方が重要性を増しています。これは大企業だけの話ではなく、中小製造業にとっても新たなビジネスチャンスや競争力強化の鍵となり得ます。

しかし、製造部門の責任者の皆様にとっては、製品の長寿命化やアップグレード対応が、日々の製造プロセスや現場運営にどのような影響を与えるのか、具体的にイメージしにくいかもしれません。「部品在庫が増えるのではないか」「修理に必要なスキルは」「既存の生産体制で対応できるのか」といった疑問や懸念をお持ちのことと存じます。

本記事では、ある中小製造業が製品の長寿命化・アップグレード対応に取り組む過程で、製造現場がどのように変化し、具体的にどのような課題を克服し、どのような成果を得たのか、具体的な事例を通してご紹介します。抽象的な概念に留まらず、皆様の現場で実践する上でのヒントをお届けできれば幸いです。

事例紹介:産業用ロボット部品メーカーA社の取り組み

ここでは、小型産業用ロボットの部品製造・販売を手がける従業員約80名の中小製造業、A社の事例をご紹介します。A社は、製品である精密部品が組み込まれたロボットが稼働停止すると、顧客の生産ライン全体に影響が出るため、部品の信頼性と供給責任が非常に重要でした。しかし、従来のビジネスモデルは「部品を販売して終わり」というものであり、顧客からは「製造中止になった部品の供給不安」「修理やメンテナンスに関するサポート不足」といった声が寄せられていました。

サーキュラーエコノミーの考え方や顧客からの要望に応えるため、A社は製品の長寿命化とアップグレード対応を事業の柱の一つとすることを決定しました。これは単なる設計変更に留まらず、製造現場を含む全社的な取り組みとなりました。

具体的な取り組み内容

A社が製品の長寿命化・アップグレード対応のために製造現場で実施した具体的な取り組みは以下の通りです。

1. 設計部門との連携強化

製品の分解・組み立て・修理の容易性を高めるため、設計段階から製造部門が積極的に関与しました。 * モジュール化の推進: 主要機能をモジュール単位で設計し、特定のモジュールだけを交換・修理できるように変更しました。これにより、製品全体を送り返すことなく、問題のあるモジュールのみをやり取りすることが可能になりました。 * 標準部品の採用拡大: 可能な限り入手しやすい汎用性の高い標準部品を採用する設計基準を設けました。これにより、特定のサプライヤーへの依存度を下げ、長期間の部品供給リスクを低減しました。 * 修理・メンテナンスマニュアルの共同作成: 設計部門と製造部門の担当者が連携し、現場で実際に修理を行う際の 상세한 매뉴얼 (詳細なマニュアル) を作成しました。デジタル化し、タブレット端末でいつでも参照できるようにしました。

2. 旧製品用部品の管理体制構築

製品寿命が延び、旧製品が長期にわたり稼働することを想定し、旧製品用部品の安定供給体制を整備しました。 * 長期保管計画: 製造中止になった部品や、将来的に製造中止が予想される部品について、数十年単位での長期保管計画を策定しました。必要な保管スペースと品質維持のための環境(温度、湿度管理など)を確保しました。 * 部品在庫管理システムの刷新: 新たにクラウド型の部品在庫管理システムを導入しました。製品のシリアル番号と紐付けて、どの部品がいつ製造され、どの顧客のどの製品に使用されているかを追跡できるようにしました。これにより、必要な部品を迅速に特定し、供給状況を正確に把握できるようになりました。 * 希少部品の対応: 需要は少ないが必須となる希少部品については、少量多品種生産に対応できる柔軟な生産体制(内製化、または小ロット対応可能な協力会社との連携)を構築しました。

3. 修理・メンテナンス専門セクションの立ち上げ

社内に製品の修理やアップグレード作業を行う専門セクションを新設しました。 * 専門スキルの習得: 新セクションの担当者は、製品全体の構造理解、故障診断、精密な修理・調整に関する専門的なトレーニングを受けました。メーカー研修や外部機関のセミナー、ベテラン技術者からのOJTを組み合わせました。 * 専用設備の導入: 修理・診断に必要な検査装置、調整治具、特殊工具などを揃えました。分解・組み立て作業のための専用スペースも確保しました。 * 使用済み部品の評価と再利用: 修理で交換された使用済み部品は、単に廃棄するのではなく、専門セクションで状態を評価しました。再利用可能な部品(洗浄、研磨、再加工で性能が回復するもの)はストックし、修理や再生品製造に活用するプロセスを構築しました。

導入プロセスでの課題と解決策

これらの取り組みを進める上で、A社はいくつかの課題に直面しました。

導入効果(成果)

A社がこれらの取り組みを進めた結果、以下のような成果が得られました。

今後の展望と学ぶべき点

A社の事例から学ぶべき点は多くあります。製品の長寿命化・アップグレード対応は、単に環境負荷を低減するだけでなく、中小製造業にとって新たなビジネス機会を創出し、企業価値を高める有効な手段となり得ます。

今後の展望として、A社は製品稼働データや修理データを分析し、製品設計や修理プロセスのさらなる改善に繋げたいと考えています。また、使用済み製品の回収・リサイクルシステムについても、顧客や他社との連携を模索していく予定です。

重要なのは、最初から全てを完璧にやろうとしないことです。自社の製品特性や顧客ニーズに合わせて、修理・メンテナンス体制の強化、部品管理の改善、あるいは設計の見直しなど、取り組みやすい部分から着実にステップを踏み出すことが成功への鍵となります。そして、設計、製造、営業、サービスといった関連部門が連携し、全社的な視点で取り組むことが不可欠です。

まとめ

中小製造業における製品の長寿命化・アップグレード対応は、製造現場に部品管理の複雑化や修理スキル習得といった課題をもたらす一方で、新たな収益源の確保、顧客満足度向上、企業イメージ向上といった大きな成果をもたらす実践的なサーキュラーエコノミーの取り組みです。

A社の事例のように、設計との連携強化、旧製品用部品の管理体制構築、修理専門セクションの立ち上げといった具体的なステップを踏むことで、課題を克服し、持続可能なビジネスモデルを構築することが可能です。

皆様の会社でも、自社製品の特性や顧客の状況を踏まえ、どのような長寿命化・アップグレード対応が可能か、そしてそのためには製造現場で何から始めるべきか、検討してみてはいかがでしょうか。小さな一歩からでも、必ず変化は生まれます。