設備の突然停止リスクを低減しコスト削減:中小製造業における基幹部品再生・予防保全のサーキュラーエコノミー実践
はじめに
中小製造業の皆様にとって、設備の安定稼働は何よりも重要です。しかし、老朽化した設備や予期せぬ部品の故障は、生産ラインの停止を招き、大きな損失につながる可能性があります。部品交換にはコストがかかり、特に古い設備では部品の入手自体が困難になるケースも少なくありません。こうした課題に対し、サーキュラーエコノミーの考え方を設備保全に応用する取り組みが注目されています。
本記事では、設備の基幹部品(ベアリング、モーター、ギアボックスなど)を「壊れたら交換」ではなく、「再生・延命」させる実践的な方法と、それに予防保全を組み合わせることで、設備停止リスクの低減、コスト削減、そして資源循環を実現した中小製造業の事例をご紹介します。
なぜ設備の基幹部品再生と予防保全がサーキュラーエコノミーにつながるのか
従来の製造業では、部品の寿命が来たり故障したりした場合、新品への交換が一般的でした。これは「リニアエコノミー(一方通行型経済)」の考え方に基づいています。一方、サーキュラーエコノミーでは、製品や部品を廃棄せずに、再利用、修理、再生、リマニュファクチャリング(再製造)などを通じて、できるだけ長く価値を維持し、資源の循環を目指します。
設備の基幹部品の再生や予防保全は、まさにこのサーキュラーエコノミーの実践です。
- 部品再生(リマニュファクチャリング): 摩耗・劣化した部品を分解、洗浄、検査し、必要な補修や部品交換を行った上で、新品と同等またはそれ以上の性能にまで回復させるプロセスです。新品を製造するよりも消費するエネルギーや資源が少なく、廃棄物も抑制できます。
- 予防保全: 設備が故障する前に、定期的な点検や診断を行い、劣化の兆候が見られた部品を事前に手当することで、突発的な故障を防ぎ、部品や設備の寿命を延ばします。これにより、部品の廃棄時期を遅らせ、交換頻度を減らすことができます。
これらの取り組みは、単なるコスト削減策としてだけでなく、資源の有効活用と環境負荷低減というサーキュラーエコノミーの目標達成にも貢献します。
中小製造業における基幹部品再生・予防保全の実践事例
ここでは、具体的な取り組みを通じて成果を上げた中小製造業の事例を見てみましょう。
事例:A社(金属加工業)における搬送設備のベアリング再生と振動診断導入
A社では、製品搬送ラインのベアリングが定期的に故障し、生産停止の原因となっていました。特に大型の特殊ベアリングは高価で納期もかかるため、部品コストと設備停止損失が大きな負担でした。
具体的な取り組み:
- 外部専門業者との連携によるベアリング再生: 故障したベアリングを廃棄するのではなく、ベアリング再生を専門とする外部業者に依頼しました。業者では、ベアリングの分解、精密洗浄、レース面や転動体の非破壊検査、微細な傷の補修、摩耗が著しい部品の部分的な交換を行い、再組立、グリスアップを経て、新品同等の性能試験を実施しました。
- 振動診断技術の導入: 突発的な故障を防ぐため、搬送ラインの主要なベアリング箇所に振動センサーを取り付け、定期的に振動データを測定・解析するシステムを導入しました。これにより、ベアリングの初期の異常(傷、グリス劣化、偏心など)を早期に検知できるようになりました。
- データに基づく予防交換・計画的な再生: 振動診断データからベアリングの劣化傾向を把握し、故障に至る前に計画的に稼働を止めてベアリングを再生品と交換するように運用を変更しました。再生に出している間は予備の再生品を使用することで、ライン停止時間を最小限に抑えました。
導入プロセスでの課題と解決策:
- 課題1:再生ベアリングの品質への不安
- 解決策: 再生業者の選定を慎重に行い、ISO認証取得状況や実績を確認しました。また、再生後の性能試験結果報告書の提出を必須とし、必要に応じて自社でも受入検査を実施しました。初期段階ではリスクの低い箇所でテスト導入し、効果を確認してから本格展開しました。
- 課題2:振動診断データの解析ノウハウ不足
- 解決策: 振動診断システムの導入にあたり、メーカーからデータ解析の基本的な研修を受けました。また、複雑な解析や判断が必要な場合は、システムのサポート窓口や外部の設備診断専門家に相談できる体制を構築しました。
- 課題3:初期投資(診断システム導入費用)
- 解決策: 導入前に、過去のベアリング交換費用、突発停止による損失、新品ベアリングの購入費、再生費用などを詳細に分析し、投資回収期間(ROI)を試算しました。具体的なコスト削減効果が見込めることを経営層に示し、導入の承認を得ました。
導入効果(成果):
- コスト削減: 大型特殊ベアリングの購入費用が、再生費用の約40%に削減されました。予備部品の在庫も再生品で対応できるため、在庫コストも低減しました。年間数件発生していたベアリング故障による突発停止がほぼゼロになり、1回あたり平均8時間のライン停止時間とそれに伴う生産損失が解消されました。総合的な設備保全コストが年間約15%削減されました。
- 廃棄物削減: 以前は故障または予防交換で廃棄されていたベアリングの約70%が再生されるようになり、産業廃棄物の排出量が大幅に減少しました。
- 設備の安定稼働: 予防保全と計画的な部品手配により、設備の稼働率が向上し、生産計画の安定性が増しました。
- 現場の意識変化: 設備担当者やオペレーターの間で、設備の「寿命」ではなく「メンテナンスによる延命」や「異常の早期発見」に対する意識が高まりました。
この事例から学ぶべき点
この事例は、中小製造業においても、高価な部品や故障リスクの高い箇所に焦点を当てることで、基幹部品の再生と予防保全を組み合わせたサーキュラーエコノミーの実践が可能であることを示しています。
- 重点を置く: 全ての部品を再生・予防保全の対象にする必要はありません。コスト削減効果や設備停止リスクが大きい基幹部品から優先的に検討することが現実的です。
- 外部リソースの活用: 部品再生や高度な設備診断には専門的な技術や設備が必要です。自社で全てを賄うのが難しい場合は、信頼できる外部の専門業者やコンサルタントとの連携が有効です。
- データ活用の重要性: 振動診断などのデータを継続的に収集・分析することで、より精度の高い予防保全が可能となり、投資対効果を高めることができます。
- 段階的な導入: 最初から大規模なシステム導入を目指すのではなく、特定の設備や部品で小さく始めて効果を検証し、成功事例を積み重ねながら展開していくアプローチがリスクを低減します。
- 現場との連携: 設備担当者やオペレーターの理解と協力が不可欠です。彼らにメリット(設備停止が減ること、メンテナンスの重要性)を伝え、異常発見時の報告体制を整備することが重要です。
まとめ
中小製造業における設備の基幹部品再生と予防保全の組み合わせは、単に設備を長持ちさせるだけでなく、設備停止リスクの低減による生産性向上、部品購入・廃棄コストの大幅な削減、そして資源循環への貢献という多角的なメリットをもたらすサーキュラーエコノミーの実践手法です。
全ての設備に適用することは難しくても、自社の生産ラインにおけるクリティカルな設備や高価な部品から検討を始める価値は大きいと言えます。信頼できる外部パートナーを見つけ、現場の協力を得ながら、データに基づいた計画的な保全活動に取り組むことで、持続可能な生産体制の構築に繋がるでしょう。
自社の設備保全の現状を見直し、部品再生や予防保全の導入によるサーキュラーエコノミーの実践が可能かどうか、ぜひ検討してみてはいかがでしょうか。