コストを抑えて生産性維持:中小製造業における中古設備再生のサーキュラーエコノミー事例
導入背景:中小製造業が直面する設備の課題とサーキュラーエコノミー
中小製造業の現場では、長年稼働している設備の老朽化が課題となることが少なくありません。新しい設備への投資は多額の費用を伴い、経営判断が難しい状況も多いかと存じます。一方で、設備の廃棄にはコストが発生し、環境負荷への配慮も求められています。生産性の維持・向上を図りつつ、いかにこれらの課題を克服するかが重要です。
このような状況において、サーキュラーエコノミー(循環経済)の考え方が注目されています。これは、製品や資源の価値をできるだけ長く保ち、廃棄物の発生を最小限に抑える経済システムです。中小製造業においても、この考え方を設備の維持・管理に応用することで、コスト削減、環境負荷低減、そして生産性維持・向上を同時に実現できる可能性があります。特に、既存の「中古設備」を単なる廃棄物や中古品と捉えるのではなく、「再生・再利用可能な資源」として捉え直す視点が重要となります。
具体的な取り組み内容:中古設備の再生と再利用の実践
ここでは、実際に中小製造業が行った中古設備再生の具体的な取り組み事例をご紹介します。対象となったのは、導入から20年以上が経過し、部品供給も不安定になりつつあった特定の加工設備です。
この企業では、設備の更新ではなく「再生」を選択しました。具体的な取り組みは以下の通りです。
- 設備の精密診断と延命可能性の評価: まず、設備メーカーや専門のメンテナンス業者と連携し、設備の現状を詳細に診断しました。基幹部品(例:スピンドル、駆動系モーター、制御盤)の摩耗度、フレームの歪み、電気系統の劣化などを専門家が評価し、再生によってどの程度寿命を延ばせるか、性能を回復できるかの可能性を判断しました。
- 劣化部品の交換・修理とカスタム部品の製作: 診断結果に基づき、交換が必要な主要部品を選定しました。既にメーカーからの供給がない部品については、代替部品の検討、あるいは専門の部品製造業者に依頼してカスタムで製作することを試みました。特に制御系は、汎用性の高いPLC(プログラマブルロジックコントローラー)に換装し、操作性や将来的なメンテナンス性を向上させました。
- 清掃、再塗装、精度調整: 設備全体を分解清掃し、劣化が進んでいた外装は再塗装を行いました。これにより、見た目が新しくなり、現場の士気向上にも繋がりました。再組立て時には、設備の基礎精度を出すための芯出しや水平出しを徹底的に行い、加工精度が回復するように調整しました。
- オペレーターへの再教育: 再生された設備は、制御系が新しくなった部分もあるため、設備の担当者に対して操作方法や日常メンテナンスのポイントに関する再教育を実施しました。
導入プロセスでの課題と解決策
中古設備の再生プロセスは、決して容易な道のりではありませんでした。いくつかの大きな課題に直面しましたが、それを乗り越えるための具体的な対策を講じました。
- 課題1:専門知識と技術者の不足
長年使用してきた設備に関する深い知見を持つ社内技術者が限定的である一方、古い設備に対応できる外部の専門業者も減りつつありました。
- 解決策: 複数のメンテナンス業者や設備メーカーOBといった個人コンサルタントに相談を持ちかけ、最も知見が豊富で信頼できるパートナーを選定しました。複数の視点からの診断や提案を受けることで、最適な再生計画を立てることができました。また、社内若手技術者には、外部業者による作業への立ち会いを積極的に行わせ、技術継承と知見の蓄積を図りました。
- 課題2:供給停止部品の入手
設備の主要部品の一部が既にメーカーからの供給が停止しており、純正部品の入手が不可能でした。
- 解決策: 部品リストと仕様を精査し、汎用品で代替可能か、あるいは特注製作が必要かを判断しました。特注製作が必要な場合は、金属加工ネットワークなどを活用し、少量多品種の製造に対応できる町工場などに協力を依頼しました。複数の業者に見積もりを依頼し、コストと納期を比較検討しました。
- 課題3:再生コストの見積もりと予算確保
新品購入に比べれば安価ですが、再生にかかる具体的なコスト(部品費、工賃、運搬費など)を見積もることが難しく、予算確保の妥当性を説明するのに時間を要しました。
- 解決策: 初期診断を綿密に行い、交換・修理が必要な部品リストとそれにかかる概算費用、工期を可能な限り正確に算出しました。さらに、再生後の設備の期待寿命延長年数や、これにより回避できる新品購入費、廃棄費などの「再生しない場合のコスト」を比較提示することで、投資対効果を経営層に説明しました。不確実性も考慮し、予備費を設けるなどの対策も講じました。
導入効果(成果):コスト削減、生産性維持、環境負荷低減
この取り組みの結果、以下のような具体的な成果が得られました。
- コスト削減: 同等クラスの新品設備購入費用と比較して、約60%のコストで設備の再生が実現しました。これにより、設備投資計画全体の負担が大幅に軽減されました。また、設備の廃棄にかかる費用や手続きも回避できました。
- 生産性維持・向上: 再生後の設備は、精度が回復し、制御系も更新されたことで、再生前の性能を回復・維持するだけでなく、一部では操作性向上による稼働率の改善も見られました。突発的な故障の頻度も減少し、生産計画の安定化に貢献しています。
- 設備寿命の延長: 専門家による診断と適切な部品交換・修理により、設備の寿命を当初想定していたよりも数年間延長できる見込みが立ちました。これにより、将来的な設備投資計画に猶予が生まれました。
- 廃棄物削減: 本来であれば廃棄されていた設備本体や多くの部品を再活用したことにより、産業廃棄物の排出量を削減することができました。これは、環境負荷低減に直接貢献するサーキュラーエコノミーの実践例となりました。
- 現場の意識変化: 古い設備が再生され、再び現場で活躍する姿を見ることで、オペレーターや保全部員の「モノを大切に長く使う」意識が高まりました。日常的なメンテナンスへの取り組みも、以前より丁寧になったという定性的な効果も見られます。
今後の展望と学ぶべき点
今回の成功事例を踏まえ、この企業では他の類似設備への再生可能性を検討する計画です。また、設備の診断データや再生履歴を蓄積し、将来的な設備保全計画や再生判断の基準作りに活かしていく方針です。
この事例から学ぶべき点はいくつかあります。
- 早期の診断と計画: 設備が完全に故障する前、あるいは部品供給が完全に停止する前に、早期に診断を行い、再生の可能性とコスト、リスクを評価することが重要です。
- 信頼できる外部パートナーとの連携: 自社だけでは対応できない専門知識や技術が必要になる場面が多くあります。信頼できるメンテナンス業者や部品供給元、技術コンサルタントとのネットワーク構築が成功の鍵となります。
- コスト評価の多角化: 新品購入費との比較だけでなく、廃棄費用、稼働停止による機会損失、そして設備寿命延長による将来的な投資抑制効果など、多角的な視点からコストとリターンを評価することが、経営判断を後押しします。
- 現場の巻き込み: 設備のオペレーターやメンテナンス担当者を計画段階から巻き込み、現状の課題や必要な改善点を聞き取ることで、より実効性のある再生計画となります。また、再生後の設備の丁寧な使用にも繋がります。
まとめ
中小製造業における中古設備の再生・再利用は、単なるコスト削減策に留まらず、サーキュラーエコノミーを実践する具体的な手法の一つです。既存の設備という資産を最大限に活用し、廃棄物を削減しながら、生産性を維持・向上させることができます。
今回の事例が示すように、導入には様々な課題が伴いますが、丁寧な計画、専門家との連携、そして多角的な視点での評価を行うことで、これらの課題を乗り越えることは十分に可能です。自社の設備状況を改めて見直し、サーキュラーエコノミーの視点を取り入れた設備保全・更新戦略を検討してみてはいかがでしょうか。