熱エネルギーの循環利用でコスト削減:中小製造業の廃熱回収・再利用事例
中小製造業における廃熱回収・再利用の重要性
製造業の現場では、加熱、乾燥、冷却、圧縮など様々な工程で熱が発生します。これらの熱の多くは、これまで大気中や冷却水として外部に排出されてきました。しかし、近年はエネルギー価格の高騰や環境規制の強化、そしてサーキュラーエコノミーへの関心の高まりを背景に、この「廃熱」を単なる不要物ではなく、価値あるエネルギー源として捉え直す動きが進んでいます。
特に中小製造業にとって、エネルギーコストは経営を圧迫する大きな要因の一つです。製造工程で発生する廃熱を効果的に回収・再利用することは、エネルギー購入量を削減し、直接的なコスト削減に繋がります。同時に、CO2排出量の削減にも貢献し、企業の環境負荷低減という社会的責任を果たす上でも有効な手段となります。
本記事では、中小製造業がどのように廃熱回収・再利用に取り組み、どのような成果を得ているのか、具体的な事例を交えながらご紹介します。
具体的な取り組み事例:工場内の廃熱を再利用する
中小製造業における廃熱回収・再利用の取り組みは多岐にわたりますが、比較的小規模な投資から始められ、効果を実感しやすい事例として、以下のようなものがあります。
事例1:洗浄工程の温排水を予熱に利用(食品加工業)
ある食品加工を行う中小企業では、製品容器の洗浄工程で大量の温水(約60℃)を使用していました。使用済みの温水はそのまま排水されていましたが、この温水に含まれる熱エネルギーに着目しました。
取り組み内容:
- 排水路の途中にプレート式熱交換器を設置しました。
- 洗浄に使う新しい水をこの熱交換器に通し、排水の熱を利用して予熱しました。
- 予熱された水は、その後、ボイラーで設定温度まで加熱されます。
導入プロセスでの課題と解決策:
- 課題: 熱交換器の設置スペースの確保と、既存配管への接続工事。
- 解決策: 現場のレイアウトを詳細に検討し、コンパクトなプレート式熱交換器を選定。休日を利用して集中的に配管工事を実施し、生産停止期間を最小限に抑えました。
- 課題: 排水中の異物による熱交換器の目詰まりリスク。
- 解決策: 熱交換器の手前にフィルターを設置し、定期的な清掃メンテナンス計画を策定しました。
導入効果(成果):
- ボイラーでの加熱に必要なエネルギー量が削減され、燃料費が約15%削減されました。
- 年間約10トンのCO2排出量削減に貢献しました。
- 投資回収期間は約4年でした。
事例2:圧縮機からの廃熱で事務所を暖房(金属加工業)
金属加工を行うある工場では、稼働時間の長い空気圧縮機(コンプレッサー)から発生する大量の熱が、機械室の温度上昇の原因となっていました。この熱は、冷却水やファンによって外部に排出されていました。
取り組み内容:
- コンプレッサーの冷却回路に熱交換器を設置し、冷却水から熱を回収しました。
- 回収した熱を温水として、隣接する事務所の暖房システム(温水パネルヒーター)に供給しました。
導入プロセスでの課題と解決策:
- 課題: 廃熱の温度(約70℃)が直接暖房に利用するには十分でしたが、既存の冷暖房システムとの連携。
- 解決策: 温水供給ラインを新設し、既存のガス暖房システムと切り替え可能な配管経路を構築しました。冬場は廃熱を優先的に利用し、不足分をガスで補うハイブリッド運用としました。
- 課題: 現場の従業員が新たなシステム運用に慣れるまでの時間。
- 解決策: システムの仕組みと操作方法に関する簡単な説明会を実施し、マニュアルを作成・配布しました。
導入効果(成果):
- 冬場の事務所暖房におけるガス使用量を大幅に削減(約50%削減)。
- エネルギーコスト全体として年間約100万円の削減効果がありました。
- コンプレッサー機械室の温度上昇が抑制され、作業環境が改善されました。
- 投資回収期間は約5年でした。
事例3:乾燥炉の排熱を再利用(樹脂成形業)
樹脂成形品の塗装・乾燥を行う中小企業では、乾燥炉から排出される高温の排気ガス(約120℃)がそのまま捨てられていました。
取り組み内容:
- 乾燥炉の排気ダクトに廃熱回収用の熱交換器を設置しました。
- 回収した熱を、乾燥炉に供給する前の空気を予熱するために利用しました。
導入プロセスでの課題と解決策:
- 課題: 排気ガスに含まれる微細な粉塵による熱交換器の汚れや劣化。
- 解決策: 熱交換器の前に高性能フィルターを設置し、定期的なフィルター交換と熱交換器の点検・清掃を計画に盛り込みました。
- 課題: 高温排気に対する安全対策。
- 解決策: 排気ダクトや熱交換器の設置場所、材質選定において、専門業者と連携し、適切な断熱処理や防火対策を講じました。
導入効果(成果):
- 乾燥炉の燃料(電気またはガス)使用量を約20%削減。
- CO2排出量削減だけでなく、乾燥時間の短縮や製品品質の安定化にも寄与しました。
- 投資回収期間は約6年でした。
導入に向けた課題と克服のポイント
廃熱回収・再利用は多くのメリットがありますが、中小企業が導入を進める上ではいくつかの課題に直面する可能性があります。
- 初期投資: 熱交換器、配管工事、設置工事には一定の初期投資が必要です。
- 克服策: 国や自治体の省エネ・環境関連の補助金制度を積極的に活用することを検討してください。また、リースやレンタルといった選択肢も存在します。まずは効果の見込みやすい、比較的小規模なシステムから段階的に導入するのも有効です。
- 専門知識: どの工程で、どのくらいの温度・量の廃熱が発生しているのか、それをどのように回収し、何に利用するのが最も効率的かなど、専門的な知見が必要になります。
- 克服策: 省エネ診断や、熱交換器メーカー、設備業者などの専門家やコンサルタントに相談することをお勧めします。自社の状況に合った最適なシステム設計をサポートしてくれます。
- 現場の協力: 新たな設備の導入や運用には、現場の担当者の理解と協力が不可欠です。
- 克服策: 廃熱回収がエネルギーコスト削減だけでなく、作業環境の改善(例:機械室の温度低下)や企業の持続可能性向上に繋がることを丁寧に説明し、意識改革を促すことが重要です。
まとめ
製造工程で発生する廃熱・排熱は、中小製造業にとって大きなエネルギーコスト削減の可能性を秘めた未利用資源です。これを回収・再利用することは、サーキュラーエコノミーの考え方に基づく資源の有効活用であり、経済的なメリットと環境負荷低減という両面で企業に貢献します。
確かに初期投資や専門知識の必要性といった課題はありますが、補助金制度の活用や専門家との連携、段階的な導入計画、そして現場との密なコミュニケーションを通じて、これらの課題は克服可能です。
まずは、自社の製造工程でどのような廃熱が発生しているのかを把握することから始めてみてください。そして、本記事でご紹介した事例を参考に、実現可能な廃熱回収・再利用の取り組みを検討していただければ幸いです。地道な一歩が、企業の持続的な成長に繋がることでしょう。